設立当初、安易に出資してもらったために、清算が困難に?
出資金は会社に買い取ってもらえばよい
しかし、竜二郎は生活にゆとりがあるので、現金の返却を望んではいない。ただ、息子の申し出が嬉しかったので、600万円でA社株式の売却に応じることにした。
ここでふと思った。息子に売却代金を負担させるのは忍びない。A社に買い取ってもらえば、息子は株式の100%を所有することになるし、そのほうがいいのではないか。
A社の貸借対照表(自己株式購入直前)
- 資産2億円、債務1億円
- 資本金1,000万円、利益剰余金9,000万円
二郎もそれは妙案だと思った。しかし、税金には思わぬ落とし穴があるかもしれない。このまま進めるとどうなるか、念のため税理士の東圭一に相談することにした。・・・
※
話を聞いた東は、頭を抱えてしまった。
税理士 東圭一 からのアドバイス
自己株式の譲渡に該当するので、注意が必要
竜二郎さんが、A社株式を発行元であるA社に売却した場合、「自己株式の譲渡(所得税法25条1項5号)」に該当します。
1株5万円で取得した株を、1株6万円で売却するので、1株当たり1万円の利益(6万円-5万円)だとお考えになるかもしれません。しかし、税法では、自己株式の譲渡は、単なる株式の譲渡ではありません。
A社が自身の発行した株式を購入するということは、その株式の価額に見合う金銭を払い戻す行為と同じなので、税法では「配当(みなし配当)」と考えることになります。資本金1000万円なので、1株あたりの資本金等の額は5万円。1株あたりの購入金額が5万円を超える部分は、配当をされたと考えます。
さらに、A社株式の時価は1株50万円とのことです。これを1株6万円で譲渡するとのことですが、税法では、時価で売却したと考えます。措置法通達37の10・37の11共‐22、所得税法59条によると、株式を譲渡した株主が、中心的な同族株主(※)に該当するとき、譲渡時の価額の2分の1に満たない金額で株式を譲渡したときは、時価で法人に売却したものとして取り扱うことになります。
※「中心的な同族株主」とは、課税時期において同族株主の1人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹及び1親等の姻族の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の25%以上である場合におけるその株主をいう。竜二郎さんは、二郎さんと合わせるとA社株式を100%保有していたので、ここでいう「中心的な同族株主」に該当します。
売却代金を超える課税を受けることになる
では、配当を受けたとされる金額はいくらになるのでしょうか。1株あたりのみなし配当は、1万円です。100株ありますので、100万円の配当を受けたと考えます(下記計算例)。
・60,000円-50,000円(1株あたりの資本金等)=10,000円
・10,000円×100株=100万円
一方、株式の譲渡所得については、50万円の価値のあるものを50%未満の価額でA社に売却しているので、「5万円で取得したA社株式を50万円でA社に売却した」と考えます。ただし、配当とみなされた100万円は、売却益から除かれます(下記計算例)。
・500,000円×50%=250,000円>60,000円 低額譲渡に該当
・500,000円(時価)-(60,000円(譲渡代金)-50,000円(資本金等の額))-50,000円(取得費)=440,000円
・440,000円×100株=4,400万円
その結果、竜二郎さんの税負担は、下記のように試算されます。
みなし配当に係る所得税・住民税 | ・所得税 100万円×45%(所得税率)=450,000円 450,000円×102.1%(復興特別税)≒460,000円 ・住民税 100万円×10%(住民税率)=100,000円 ※竜二郎さんは、他の所得もあるので、最高税率負担者としています。 ※計算が複雑になるため、配当控除、その他の所得控除は無視しています。 |
株式の譲渡に係る税額 | 4,400万円×20.315%≒900万円 |
つまり、竜二郎さんは600万円の売却代金を得る代わりに、約956万円の課税を受けることになります。
このように思いがけない税負担が発生することがあるので、株式の売買については注意が必要です。
設立当初の出資者は、慎重に考える必要がある
ただ、今回の件は、もとはと言えば、設立当初の出資者を誰にするかを慎重に考える必要がありました。
もし、竜二郎さんから出資を受けるのではなく、二郎さん個人が竜二郎さんから500万円を借りて、合計1,000万円を二郎さんだけが出資者となってA社を設立していれば、二郎さん個人が竜二郎さんに対して、100万円の金利を付けて借入返済しても、大した税負担にならないはずでした。
※本稿は執筆時点における一般的な内容を分かりやすく解説したものです。実際の税務・経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、税理士など専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。